006Essay2026.01.15

反復の美学

毎朝同じ時間に起き、同じコーヒーを淹れ、同じ道を歩く。退屈に見えるこの反復の中にこそ、深い安らぎがある。変化を求めすぎる時代に、変わらないことの価値を見直す時が来ている。

現代は「変化」を崇拝する。新しいこと、違うこと、ユニークなことが価値とされる。「同じ毎日」は批判の対象であり、「ルーティン」は創造性の敵とみなされる。

しかし、村上春樹は毎朝同じ時間に起き、同じように走り、同じように執筆する。イチローは試合前に同じ動作を繰り返す。彼らの偉大な業績は、反復の土台の上に築かれている。

反復は、意識を解放する。毎日新しいことを決断し続けることは、認知的な負荷を生む。何を着るか、何を食べるか、どの道を行くか——これらを毎回ゼロから考えることは、創造的なエネルギーを消耗させる。

反復は、深さをもたらす。同じコーヒーを毎日淹れることで、私たちはコーヒーのわずかな違いに気づくようになる。同じ道を毎日歩くことで、季節の移ろい、見過ごしていた風景、新しく咲いた花に気づく。

反復は、時間を構造化する。「毎朝6時に起きる」という習慣は、一日に錨を降ろすようなものだ。その錨があるからこそ、私たちは漂流せずにいられる。

もちろん、すべてが反復では退屈だろう。しかし、反復の価値を完全に否定することもまた、極端である。

変化と反復は、呼吸のようなものだ。吸うことと吐くこと、どちらか一方だけでは生きられない。

同じコーヒーを、同じカップで、同じ時間に。その反復の中に、小さな宇宙がある。

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