005News2026.01.16
都市の空白地帯が語ること
再開発を待つ空き地、閉店したシャッター街、使われなくなった公衆電話。都市の中の「何もない」空間は、実は多くのことを語っている。そこには失われた時代の記憶と、まだ来ていない未来への余白がある。
東京の下町を歩くと、時折、時間が止まったような場所に出くわす。錆びた自動販売機、色褪せた看板、雑草に覆われた駐車場。これらは「失敗」や「放棄」の象徴として見られがちだ。
しかし、都市計画家の中には、こうした空白地帯こそが都市の「呼吸」だと主張する者もいる。すべての空間が最適化され、すべての土地が利益を生み出さなければならないという強迫観念は、都市から余裕を奪う。
空き地は可能性である。まだ何者でもないがゆえに、何にでもなれる。子どもたちの秘密基地、野良猫の王国、思いがけない出会いの場所。計画されていないからこそ、予期せぬものが生まれる余地がある。
シャッター商店街は、確かに経済的な衰退を示している。しかし同時に、かつてそこに存在した無数の物語——商店主たちの夢、常連客たちの日常、街角での何気ない会話——の記憶を保存している場所でもある。
公衆電話は、スマートフォン以前の世界への窓だ。約束の時間に必ずそこにいなければならなかった時代、「今どこ?」と聞けなかった時代の遺物。
都市の空白は、私たちに立ち止まり、考える機会を与える。効率と最適化だけでは測れない、都市の別の顔を見せてくれる。
次に空き地の前を通り過ぎるとき、少しだけ足を止めてみてほしい。そこには何もないように見えて、実は多くのことがある。